【はじめに】一般社団法人全国医療介護連携ネットワーク研究会では、患者・利用者中心の地域包括ケアの実現に向けて、ICTを活用した全国の医療介護連携に関する事例取材を行い、記事化したものを共有いたします。第1回目は、医療ITの専門家である成田徹郎氏がある日がん告知を受けてからの「専門家」と「患者」の両面で感じた「多職種連携」と「QOL」についての編集記事です。今後も定期的な情報発信を予定しております。ぜひ記事末のアンケートに感想・ご意見をお寄せください。
ビジネスITソリューションのプロとして長年にわたり医療へのIT普及に尽力してきた成田徹郎氏(株式会社MBI代表取締役)は、国際医療福祉大学大学院教授の武藤正樹氏とともに、今から10年以上前から日本の医療介護連携の問題点や地域包括ケアシステムにおけるICT活用の重要性に注目していた。その成田氏が2019年秋に甲状腺未分化がんを発症、甲状腺全摘出手術、抗がん剤治療を経て、今も放射線治療を続けている(2020年3月現在)。ここでは成田氏自身による情報提供をもとに甲状腺未分化がんという希少がんの治療経過をたどりつつ、患者の立場で感じた現場の課題、本来あるべき患者のQOLについて考える。
▲HealthCare Innovation 21研究会の主催者として活動する成田氏。2019年11月1日、参加者撮影
[PROFILE]
成田徹郎(なりた・てつお)
1971年日本IBM社に入社、ビジネスインテリジェンス・ソリューション事業推進、CRM&BIソリューション事業などを担当。2008年ごろより国立病院機構京都医療センターの情報システム部と協力してPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)の普及活動をする。2010年2月に日本IBM社を定年退職し国際医療福祉大学大学院准教授に就任。早稲田大学 非常勤講師、金沢工業大学虎の門大学院 客員教授を歴任し、現在、株式会社MBI 代表取締役に就任し、HealthCare Innovation21研究会等でIT,ICT利活用の普及活動をしている。
セカンドオピニオン受診で甲状腺の悪性がんと判明
成田氏はがんと診断されてから、体調・腫瘍の大きさ・声帯の状況・食道の状況の4項目について毎日記録するとともに、後日、発症からの治療経過についてブログにまとめている。それらの記録をもとに、まずは病状と治療の経緯について時系列で見ていこう。少々長くなるが、具体的な記録から成田氏(=がん患者)の気持ちの変化を読み取ることができる。
※以下に記す治療経過記録中の「 」内は成田氏自身の言葉の引用。
※下線は成田氏の心情・QOLに関連する箇所。
がんと診断された時の気持ちについて成田氏は「びっくりでしたが、大したことないのではと思った」と、のちに記している。しかし、最初に地域の基幹病院で“がん疑い”を告げられてからの約1週間の間に、自身で病気について調べ、知人等に相談し、専門病院にセカンドオピニオンを求めていることから、成田氏の不安感や微妙な心の動きが伺われる。「日ごろから体力づくりや生活習慣の管理を心がけていたのに、なぜ自分がこのような希少がんに罹ってしまうのだろう、原因はなんだろうという気持ちでいっぱいになりました。しかし、原因不明と分かり、とにかく標準治療に専念することに決めました」(成田氏)。
また、告知を受けた時の家族の気持ちについても聞いたところ、妻は「心配で夜も眠れなかったよう」で、息子や娘は「いかに母親のメンタルを支えるかを考えていたよう」だったという。「一堂に会しての人生会議をしたわけではないのですが、これからの成田家について、私の生活環境の変化に対応する行動パターンについてなど、LINEで話し合っていました」。こうして比較的密に家族間コミュニケーションをとっていたことから、治療法に迷いのあった成田氏だったが、最終的な決断をするにあたっては「専門病院の医師を信用しましょう」という家族の意見を聞き入れた。
■2019年10月12〜14日
この間、軽い頭痛や発熱、かすれ声などの症状が出る。咽喉の針跡からの滲出液には絆創膏で対応、口内炎もできたが処方薬により比較的早く軽減した。
■2019年10月15日
基幹病院にてPET-CT検査を受ける。検査が終わり、夕方ごろから声帯の違和感、頭痛、ふらつき。「腫瘍が喉仏の方に大きくなってきた気がする」。深夜には腫瘍の圧迫感や頭痛、唾液を飲み込む時の痛みなどを感じる。
■2019年10月17日
基幹病院を訪れ、主治医にこれまでの経緯を伝えたところ、甲状腺専門病院と連携して対処してくれることになった。甲状腺専門病院の主治医に渡すため、2日前のPET-CT検査を含めたこれまでの検査結果を書類とデジタルデータで受け取る。診察を受けステージIVAと確認。帰宅後、夕方より頭痛、夜になって発熱したので鎮痛消炎剤を服用。深夜にようやく熱が下がった。
■2019年10月18 日
甲状腺専門病院の主治医に、前日受け取ったこれまでの検査結果を提出。直近のPET-CTを確認し、ステージIVAで転移はないが手術は抗がん剤の効き次第であるとのこと。その上で治療法の選択肢について説明を受け、「余命5〜6カ月と告げられる」。
この時のインフォームド・コンセントについて医師が記載した書面が残っているので、それをもとに補足しておきたい。
「10月30日に検査で病気の進行がないかどうか確認の上、病気が進行していた場合は手術を中止する。病気が進行していない場合は ①根治的な手術を行う(気管切開は避けられないので声を失う) ②気管は切除せず腫瘍を切除する(声は保たれるが病気をどれだけ制御できるか不明) ③薬物療法を継続する(根治は期待できないが声を失う可能性は低い)」と3つの選択肢が提示されている。そして、いずれの選択肢をとっても半年程度で亡くなる可能性はあるとし、「限られた時間の中で声が出ない状態で過ごすか、声が出せる状態で過ごすか、QOLの観点では大きな問題です。今後の過ごし方も含めてどういう治療を望むかまた考えておいてください」と結ばれている。成田氏はのちに、この判断について「科学的根拠を基に少ない症例でも可能性を示したインフォームド・コンセントだった。担当医だけでなく経験豊富なベテラン医師の考えも合わせての判断だったことに安心感を覚えた」と振り返っている。
■2019年10月19〜29日
この間、たびたび口内炎、発熱、頭痛などの症状あり。口内炎は抗がん剤の副作用と考えられる。10月23日、3回目の抗がん剤投与。この日は体調が良く、病院から少し先の駅まで「妻とお茶しながら歩いて帰りました。(10000歩超え)」。この後から脱毛が目立つようになり、喉の違和感が軽減したように感じられた。診察時に処方された軟膏を使い、口内炎の症状も徐々に軽減。
■2019年10月30日 手術方針決定
甲状腺専門病院にて抗がん剤投与3週目の結果を診断するための検査(採血、レントゲン、CT、心電図、呼吸器)を実施し、主治医の説明を受ける。10月9日のCT画像と比較すると明らかに腫瘍が小さくなっているため、抗がん剤の効果が出ていると考えられるとの診断。これは症例のうち20%の患者にあたるとのこと。手術方針は甲状腺全摘と隣接する気管の部分切除に決定。切除範囲は手術当日に侵襲の程度を見ての判断となるが、転移リスクを考慮し右声帯の神経組織は切除することになった。手術後は約2週間で退院、その後さらに8回の抗がん剤投与を予定。この手術を受けた後、声を取り戻すには約半年〜2年後に機能再生手術をする必要があると説明される。この後、4回目の抗がん剤投与を受ける。最近は疲れやすさと声のかすれを覚えるが、特に喉の痛みなどはなく飲み込みの違和感もない。腫瘍も小さくなったと感じる。
■2019年11月1日
予定していた地域医療連携推進法人の勉強会に出席。
▲入院前日、勉強会の座長としてスピーチする成田氏
仕事柄、多くの医療介護関係者と交流のあった成田氏は、甲状腺未分化がんと診断された10月半ばに、「研究者としてこのがんに対する臨床データを提供し、グループ内で情報共有してデータの少ない希少がんに対抗したい」という思いからMCS(医療介護専用SNS「メディカルケアステーション」、以下同)にグループを作成した。医師、看護師、歯科医師、薬剤師などが参加する、ある意味では“サードオピニオン”のような存在だ。病院にもホットラインが設けられ月曜から土曜までは電話で対応してくれる体制が整っていたが、気になった時にすぐに書き込めること、また、全く違う立場からの意見を聞くことのできる場があることが、不安な時期には少なからず心の支えになったと思われる。
心のこもった治療と看護、ICTネットワークが支えた入院生活
10月11日に甲状腺専門病院を受診した当初の予定通り、11月5日に手術を実施することになった成田氏は、11月2日に入院。この後、手術を経ておよそ20日間にわたる入院生活が続くことになる。
■2019年11月2日 入院
疲れやすさを感じるものの喉の痛みや飲み込みにくさはなく「腫瘍が小さくなった気がする」。汗をかいた部分に痒みが出るが、軟膏で緩和。13時 甲状腺専門病院に到着、入院手続き。執刀医より詳しい手術内容の説明を受ける。甲状腺を全部摘出し、がんの浸潤の可能性のある気管壁も切開して取り除くという。「以前から聞いてはいたが、がんの取り残しを防ぐためには仕方がないことである。が、、、怖い!」
■2019年11月3日
今回の手術により11月5日以降は声が失われることになる。そこで、人間の声を人工的につくれる音声合成技術を使ったサービスを利用して声のアバターを作成。
■2019年11月5日 手術
前夜、あまり眠れなかったが体調は悪くない。14時、全身麻酔による手術開始。甲状腺全摘出、腫瘍摘出、気管4cm切開と予定通りの手術が行われ、18時ごろに終了。傷の縫合は26針。3〜4時間の大手術となった。
▲手術前(左)と手術後・抜糸後(右)
■2019年11月6日
前夜から1時間おきに数種類の薬剤点滴。呼吸のために喉の開口部にカニューレを装着。肺からの痰、切開部からの血液やリンパ液を排出するためのドレインとタンクも敷設。
4時 痰の吸引を開始。「酷く咽せるので、非常に苦しい」が、1時間毎に実施する。
8時 痰の排出を助ける効果のある蒸気発生器を使ってカニューレの位置に蒸気を当てる。看護師が行うが、自分でもできるよう教えられた。術後3日目から食事開始予定のため、誤嚥しない飲み込み方の訓練も始める。
9時 水が飲めるかチェック。ストローを使うと「アッサリ飲み込めた」。咽せることはない。
15時 主治医が病室を訪れ、カニューレを外す。切開部が露出したが「呼吸は非常に楽になった」。頭痛のため午前中は点滴で頭痛薬を投与、午後は4時間おきに鎮痛薬を服用。
19時 37.1度の微熱があるが、傷のためだろうと看護師が評価。
■2019年11月7〜11日
経過は良好。排痰にはやや難儀するも嚥下訓練は順調。誤嚥がないため肺の痰があまり出なくなった術後7日目にドレインを外す。洗髪もできるようになった。
■2019年11月12日
ブログを開設。「2019年9月23日 甲状腺未分化がんに罹患した患者の一人として、この希少がんの発症と治療履歴を公開します」。
■2019年11月13〜17日
引き続き気管切開後の自己管理訓練を続け、それがしっかりできたら退院の予定。未分化がんは侵襲性が強く、いつどこに転移しているかわからないため、入院中に調べて定期的にチェックしないと安心はできない。「声は出ませんが、それ以外はとても健康」。なお、当初は11月19日退院の予定だったが、抗がん剤投与予定につき、様子を見るため退院日が21日に変更された。
■2019年11月18日
この頃から抗がん剤の副作用と思われる手足指先の痺れ症状が出る。この日、全て抜糸完了。食事はすでに常食となっていて、時折咽せこむこともあったが飲み込みのテクニックを習得した。耳鼻科で声帯の内視鏡検査をしたところ、左は正常。
■2019年11月19日 声が出た!
当初の退院予定日。体調は良好、手足指先の痺れあり。主治医より予定通り翌日抗がん剤が投与される旨伝えられる。また、看護師から声を出すための道具(“おしゃべりボール”と呼ばれるが、てるてる坊主に似ているので“声坊主”と命名)の作り方を教えてもらう。これを使うとなんとか声が出た。「自分の耳殻から通して聞こえる声は酷いシワガレ声ではあるのだが、嬉しい!!」
▲“声坊主”
■2019年11月21日 退院
11時ごろ退院。体重は成人後過去最低を更新したが、抗がん剤投与の影響は手足指先の痺れと頭髪が抜けたことのみ。体調が良く、がんに罹患している実感が湧かない。運動には支障はきたさないが、まだ過激な運動は禁止。ウォーキング程度なら可能だ。
成田氏は甲状腺専門病院のスタッフによる心のこもった治療と看護が入院生活を支えてくれたことに深く感謝しているが、入院中もMCSでの知人とのコミュニケーションを続けていた。タイムラインを遡ると治療の経過報告や相談はもちろん、趣味のゴルフの話題、地域医療体制の話題など、その内容は多岐にわたる。中には多くの励ましの言葉や「MCS越しの応援団がついています」「困りごとや悩みごとがあれば、このサードオピニオンへいらして下さいね。みんなでお待ちしています」といった心温まる書き込みもあり、こうしたやりとりが「心の緩和ケアになっている」と成田氏。入院中のほとんどを全く声が出ない状態で過ごした成田氏にとって対面コミュニケーションにはストレスがあったため、その点でもMCSのような文字で“会話”できるツールに救われたのではないだろうか。
▲手術前、看護師の村崎氏から成田氏へ届いたメッセージとその後のやりとり
▲手術の翌日、村崎氏から届いた成田氏の様子を気遣うメッセージとやりとり
声を出して話をするのが仕事である成田氏としては、最初に声を失う可能性を告げられたとき「なぜそうなるのか理解できず、全く割に合わない治療ではないかと疑った」が、最終的には納得の上で根治を目指すために声を失う(声を取り戻すには約半年〜2年後に機能再生手術が必要になる)ことを覚悟した。実際、甲状腺全摘出だけでなく、再発リスク回避のために 4cmの気管切開と声帯の反回神経切断をしたため、手術後は声が出せなくなった。入院中は病院が用意したホワイトボード(実際にはブラックボード)を使った筆談でしのいだが、漢字がすぐに思い出せずひらがなになってしまうためコミュニケーションに支障をきたす。しかもアナログのホワイトボードでは記録も残らないので、タブレットの方が便利だ。こうしたIT化の遅れを成田氏はもどかしく思った。前述した人工音声合成による声のアバターなど、こうした症状の患者のために何らかの快適なコミュニケーションツールの開発が切に望まれる。
取材・文/金田亜喜子